在宅勤務

​​コンセプト

はじめに


弊社ゲストハウスは今年12周年を迎え、これまでにのべ1万人以上の方にご宿泊していただきました。

2018年に全ての宿で一つ星を獲得。 

パリという日本から遠く離れた場所であるものの、お客様のリピーター率は30パーセント以上。

ありがたいことに、テレビ東京「なぜここに?日本人!」への出演させていただいたり、クーリエジャポンの特集記事にて紹介されたりと、いろいろな雑誌やメディアで取り上げていただきました。


しかし、この12年間、いつも順風満帆だったわけでではありません。


近所の方からの苦情と胃が痛くなるほどの調整、対話。

政権が変わると 急に大きく法律が変わり、突然、大きな金額の支払い命令が来たこともありました。


2015年の無差別テロの発生や、2018年のシャンゼリゼでの暴動デモ、2020年からのコロナ禍。

パリに来る観光客が激減したために、何度も倒産寸前まで追い詰められました。


いつもいろんな課題、問題を抱えていて、休みなく必死で働いていても、売り上げが赤字ということも全然珍しくありませんでした。


私がゲストハウスを作った理由


そもそも、なぜ私がパリにゲストハウスを作ったのかと言うと、自分自身の体験がきっかけです。


私が20代の頃は、バックパックを背負い、一人で世界を旅行しまくっていました。

今までに旅行した国は50カ国以上になります。


当時、あまりお金を持っていなかったので、きちんとしたホテルに泊まることができず、頻繁に夜行列車や夜行バスに乗って宿泊費を浮かす、ということを繰り返していました。


夜行の出発時間は、たいてい22時以降。


そのころはまだ24時間営業しているような店はなく、ファーストフード店でさえも22時には閉まってしまい、駅の待合室でホームレスの方に紛れ、恐々としながら列車を待つ、と言うことが多々ありました。


そんな無茶振りの旅行を何度も繰り返していたわけですが、ある年、新年明けのベルリンにて、単独旅行しているとき、乗るはずだった夜行列車が、雪のため、急に運休になってしまう、と言うハプニングがありました。


次の電車は雪のために何時に出るかわからない・・・。


外は雪。


当時はインターネットなどない時代。

夜中に外でウロウロしても、ホテルの空きが見つかる保証はなく、かえって危険。


きちんとした暖房設備がない真冬の駅のホームの待合室で、一晩明かさねばいけないのか・・・と絶望していたとき、英語で「あなた、今晩泊まるところはあるの?」と話しかけられました。


見ると、きちんとした身なりをしたご年配のドイツ人女性で、一人旅の私が困っているのを見かねて、声をかけてくださったようでした。

その方も、夜行で彼女の子供の家に行く予定だったのが、運休になったので、家へ帰るところで、よかったらウチに泊まってもいいわよ、とも言ってくださいました。


全く知らない人だし、もしかしたら悪い人かもしれない・・・と、ちょっと躊躇したのですが、雪の中を駅の待合室でポツンと一人で一晩過ごすのも怖かったので、結局ついていくことにしました。


駅からすぐの彼女の家は、質素ながらもとても快適で、夕食にサンドイッチまで作っていただき、一晩お世話になりました。

出会ったばかりなのに、いろんな話をして盛り上がり、私は、思いがけず親切にしてもらって、今までの長旅の緊張が一気に緩んだようで、その夜は、とてもぐっすり眠ることができました。

 旅行中で初めて精神的にも安心して眠れたのです。


その次の日は、結局、電車が運休のままだったので、ベルリン観光に連れて行ってくださり、いろんな場所を案内していただきました。


美術館にも立ち寄ったのですが、彼女は昔、美術の先生だったそうで、知識が豊富で、話が面白く、時間を忘れてしまうほどでした。


彼女の家を出発する前、宿泊費用やその他のかかった費用を払いたいと申し出たのですが、


「私は必要ないから、そのお金は、あなたの夢を叶えるために使いなさいね。」


と、受け取ってもらえませんでした。


貧乏旅行中だったので、彼女の好意はとてもありがたく、たくさんお礼を言って、彼女の家を出発しました。

サンドイッチのお弁当まで持たせてくださいました。


この出来事は、一生忘れられません。


この素晴らしい経験は、私の中で大きなインパクトを残し、いつか、彼女の家のような宿泊場所を作ってみたいと、思うようになりました。


  • 一人旅の女性が、心から安心して宿泊できるくらい安全で、

  • 便利で、

  • 清潔で、

  • 駅近で、

  • 人が暖かく迎えてくれて、

  • でも、躊躇せずに払えるくらい安くて、その浮いたお金を夢実現のために使える

そんな「海外の実家や自宅」のような宿ができたらいいなあ、とずっと胸に思い描いていました。



仕事と子育てをしながら、勉強、起業!


それから、7年。


フランス人と縁があり、結婚。

三人の子供を産み、子供達が幼稚園に入り出した頃、少し手が離れたので、この思い描いていたゲストハウスを、実際に作ってみたいと行動し始めました。


最初はもちろん、知識0、人脈0、経験0、技術0、資金0の状態です。


まずは、フランス語の勉強から入りました。

ソルボンヌ大学付属の語学学校に入り、上級過程を修了。


その次の年、基礎的な経営の知識やフランスでの経営に関する法律などを知るために学校に入り直しました。


2006年にパリ経営学院にて、MBA (経営修士、ツーリズムおよび、ホテルビジネス専攻)を取得。


同時期に、正社員として保険会社でも働き、さらに、隙間時間を使って、ゲストハウスオープンの準備もしていました。


フランスの企業は休みが多く、働く女性のための子育てシステムもかなり整っていて、とても助かりました。


もちろん、副業も自由にできます。


会社で一緒に働いていた人には、作家や、俳優、陶芸家、空手の先生、コメディアン、ガイド、通訳、など、副業を持つ人がたくさんいて、励みになりました。


学校修了後は、フランス人起業家に混じり、いろんなテーマの研修に参加して、勉強を継続。

参加者とお互いに励ましあったりしていました。


ある程度知識ができたら、資金繰りに奔走。


ビジネスプランを持って、銀行を渡り歩き、断られる度に、ビジネスプランを練り直しました。

銀行員との面接を繰り返していくうちに、段々と知恵がついてきて、質問回答リストを準備し、すべての質問にスラスラと自信を持って答えられるように入念に準備をするようになりました。


ようやく7軒目で説得成功。


やっとの思いで物件を獲得。


お金がなかったので、業者などは一切使わず、何でもすべて自分自身で、手作業で準備をしていました。


とてもラッキーだったのは、夫がとても協力的で、大きなサポートがもらえたことです。

内装工事はほぼ、夫の日曜大工で済ませました。

義兄が内装工事の仕事をしていたので、時間があるときに、手伝いにもきてくれました。

相談にも乗ってくれて、いろんなアドバイスをもらえました。


当時はまだ、若かったので、少々無理も効きましたが、それでも、正社員で働きながらの準備は辛く、体はいつも疲れた状態でした。

子供も三人もいて、当時はまだ年齢も小さかったため、すべてのバランスを取るのがかなり大変でした。

ベビーシッターさんにもかなりお世話になりました。


そうこうして、いろんな人の助けを得られたおかげで、ようやく、2009年に Paris Life 、2010年に メゾンオランジュ をオープンすることができました。



テロとデモとコロナのトリプルパンチ!


ささやかながらも、ビジネスが少し軌道に乗ってきたので、2014年、ぽむぽむ をオープンさせたと同時に、サラリーマンを辞め、ゲストハウス業に専念することにしました。


でも、その年からは大変なことばかりでした。

2015年11月にコンサート会場でのテロが勃発。

パリに来る観光客が一気に激減。

予約がほぼゼロになり、最初の危機を迎えます。


ゲストハウスは、できる限り安くでご利用いただけるよう、「経営を続けていけるだけの必要最低限」での料金設定をしていたため、会社に十分な余剰資金がなく、観光客がいなくなると、たちまち窮地に陥ってしまったのです。


宿泊料金を上げれば、有料の広告が可能になり、余剰もできるので、おそらく簡単に窮地を回避することはできるとわかっていましたが、値段を上げることは絶対にしたくありませんでした。


お客様にはかなり惜しまれましたが、メゾンオランジュ の一部を閉鎖することで乗り切る方法を選択。

倒産を間一髪で免れることができました。


2018年、今度は暴動デモがシャンゼリゼで起こり、再度、危機を迎えます。


今度は、使い方さえも知らなかった、インスタグラムを毎日更新し、パリを旅行する方に認知してもらえるよう、一生懸命努力し、乗り切りました。


有料の広告は、一切使いたくなかったのです。


すべては宿泊料金にかかる経費を最低限にするためです。


ようやく落ちつき、小康状態になっていた頃、2020年3月からコロナ禍のため国境閉鎖。

痛恨の一撃となりました。

予約が入らないばかりか、返金を希望されるお客様が一気に増え、資金が枯渇しはじめました。


厳しいお叱りや、ご不満のメールが毎日届き、恐々としてメールを開ける毎日。


SNSの発信も滞り、無料で開催していたフランス語教室も、気力が続かず停止。

政府援助を申請しても、色々な理由をつけて返事を引き伸ばされ、結局のところ許可されず、不安で涙が止まらない夜が続いたりもしました。

万策尽き、断腸の思いで Paris Life を閉鎖。

閉鎖した時、とても落ち込んでしまい、かなり打ちひしがれていました。

涙ながらに、SNSで閉鎖を発表したのを覚えています。

でも、

閉鎖を発表した時、今までご利用いただいた多くの方から、たくさんの励ましのメッセージが届きました。


わざわざ、日本からお電話をくださる方もたくさんいて、とても勇気づけられました。

今までこんなにたくさんの人に支えられていたのかと、驚き、心より感謝しました。

現在でも経営は安定せず、まるで大海を漂う小舟のような状態です。​


それでも、夢で思い描いていたゲストハウスをオープンし、たくさんの人に支えられ、それを仕事にできているのは、本当にありがたいことです。


これもひとえに、今までご利用くださった皆様のおかげです。

これまで、いろんな方が支援の手を差し伸べてくださいました。

心より、感謝申し上げます。



次はあなたの番!


憧れのパリに来たけれど、ホテルはとても高くて、宿泊費と食費で精一杯。

ずっと夢に描いてきたことを、パリで実現したかったけれど、そこまでのお金はとても無理・・・。


でも、諦めきれない!


そう思っている人、いませんか?


私も、お金はなかったけれど、いろんなことを見たり、聞いたり、経験したいと思っていました。

海外に出て、自分の可能性を広げ、ステップアップしたいと思っていました。

憧れていたパリで、自分の夢を実現したいと思っていました。


12年かけて、思い描いていたゲストハウスを作った今、今度は、そんなあなたの、夢実現のお手伝いをしたいと思っています。


次は、あなたの番です!


できます!


絶対、大丈夫!


弊社ゲストハウスは、安全で、駅が近く、清潔で、便利で、きちんと政府より認可された宿をできる限りの低価格でご利用いただけるよう、「経営を続けていける必要最低限」の料金設定で営業しています。


清掃や、リネンレンタル、など、できる限りの業者サービスを排除、そういったサービスの類は、すべて私自身か、お客様自身で対応していただき、値段を下げる努力をしてきました。


実際、シーツの洗濯は私自身が手作業で洗濯しておりますし(マルセイユ石鹸を使った、無臭の、肌に優しい洗剤を使ってお洗濯してます!)、清掃やゴミ捨ては、宿泊者の皆様にお願いしています。


アメニティは一切なく、自分で、シャンプーやタオルやティッシュなどの用意しなければ、いけません。

スリッパ持参で来ていただいてます。


常駐の管理人さんがいないので、チェックインも待ち合わせを設定しなければいけないし、何かあっても、LINEで遠隔の対応です。


キャンセルポリシーもとても厳しく、エコノミープランの方は、キャンセル時の返金不可で、予約変更さえもできません。


広告も有料のものは、全く使っておらず、ホームページと口コミとSNS のみです(みなさんのご紹介やいいね!だけが頼りです!)


すべては、宿泊料金にかかる費用を最低限におさえ、できる限りの最低価格で、きちんと法的に認可された宿泊場所を提供し続けていくための、私なりの工夫なんです。


サービスなんて、最低限でも大丈夫。

できることは、自分でやるから、宿泊費を最低限におさえたい。

その分、夢の実現や経験に投資して、パリで自分の可能性を試したい!


と思っているあなたに、ぴったりな宿です。


せっかく憧れのパリに来たのに、お金が足りないがために、やりたいことをやれずに帰るのなんて、本当に勿体無い!


ぜひ、ウチのゲストハウスに来てください。

あなたの夢の実現のお手伝いをいたします。



おわりに


とても長くなりましたが、 ゲストハウスを作った動機や、私が何を考え、どのような方針でゲストハウスを経営しているのか、ぼんやりとでも感じ取っていただけましたでしょうか?


あなたの人生において、何かのきっかけになるパリ滞在を提供できるよう、私自身も更に進化し続けながら、精進していきますね。


最後まで読んでくださって、ありがとうございました。

今後とも、どうぞよろしくお願い申し上げます。



2021年1月

白波瀬 亜紀(しらはせ あき)

 

LINE: @paris.life

Siret: 510 116 202 00047

8 Allée de la Bertelotte 75015 Paris

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